昭和五十六年十月十一日 朝の御理解 御理解 第十七節 「神の綱が切れたというが、神は切らぬ。氏子から切るな。」 折角御縁を頂いた人達が、その御神縁の綱を自ら切ってしまうような事、天地の親神様の悲しみというか、苦しみというか、<一入>であろうと思うです。神も仏もあるもんかと、例えばいう人達、又は、御縁はあり、信心の心はあっても、いわゆる真の信心からはずれた、いうなら信心をしている人達が沢山ある中に、もうこれこそ真の信心だ、これこそ天地の親神様の願いによって生まれた金光教、それに、まあお互い、それぞれの縁で御縁を頂き、おかげを受けて助かり、椛目、合楽を通して、これは合楽教会だけでも、もう大変な事であろうと思う縁を頂きながら、自らその縁を断ってしまうというような人達。何がそういう結果になるのだろうかと。
何があれ程、まあ打ち込んだ信心しておった人達が、もうあっけなく、なら、合楽にさよならしていくという人達。結局は、金光教の信心の神髄というか、まあそれを合楽ではまあ合楽の芯とでも申しましょうかね、いうならんば現在では合楽理念とこういう。理念の体得というか、その実験というか、実証というものがなされてないところにそれが育っていない。
それがね、育っていくという事は、やっぱ育っただけは、生き生きとしたものでなからなけばならんと思うのですけれども。
私は最近月次祭たんびに思うです。私が、八時の霊様への御挨拶が、今、若先生が致しておりますが、それから八時半からお月次祭が始まります。で、それまでは、私がここへ奉仕しておる御結界についております。それにお取り次ぎさせて頂くのが、もう、私が立つ頃には殆どお広前がいっぱいになるくらいに参拝があっとりますけれども、殆どが遠隔地の方ですね。同時に、なら、最近合楽に傾倒しだした人達なんです。こりゃどうした事だろうかと思うんです。ね、そして、なら、お祭りが始まるちょっとすると、又、ここがいっぱいあのようになってしまうわけですけれども。
結局時間的じゃなくて、神様に対する、いうならば憧憬の念といったようなものが、だんだん年をとるに従って、年数がたつに従って、うすらいでいっておるのじゃなかろうか。
以前は、さあ、今日は月次祭を、今日は仕事も早く仕切るぞと、ね。さあ、今日はもう家族中で皆んなでお参りするぞと。さあ、隣近所にもお参りしなさるところには、さあ、車が出るからどうですかと、誘いくらいさせてもろうて、お参りしておった人達が、だんだんそういう生き生きとした神様へ向かう心というものが欠げてきた。うすらいできた。これはそれでも由由しき事だなあと、私は最近思うようになりました。ね、ただ月次際じゃから参りさえすりゃよかという、私はそういう信心は、なら、神の綱を握ってはいるけれども、神の綱にすがっていよいよ信心を高めていこう、進めていこうという意欲がない証拠だというふうに思うんです。
ね。始めの間はまあ珍しいというか、有り難いいというのか、何かしらんけれど、生き生としたものがあって、まあ、兎に角、月次祭ともなると、いうならば、じっと落ち着いておられないような<意識>そういうものが、お互いにある。ね。そういうような事からもです。神の綱を切らんとは、切ってはいないけれども、ただ、神の綱を握っとるだけではね、私は心もとないという感じがするんですね。信心は限りがないです。ね、もうこれでいいという事はありません。ね、最近合楽理念に基づく御用という事が、しきりに、ここ十日余りでしょうかね、毎日御用の事が出らんはずがないように出てくる。だから本当にそうだと。自分には、いわゆる、合楽教会に御縁を頂いておる信奉者としての、その責任においての信心といったようなものがね、うすらいできておる。
これは、私の信者時代ですけれども、さあ月次祭ともなると、御信者さん、普通参らず疎遠になっておる人達なんか、特にお話に行って、今日は月次祭ですからお参りなさいというて、こうお話をして廻る。月次祭に、例えば履物がね、三十足から、四十足、五十足というふうにだんだん増えていく。もうそれが、兎に角下駄の数を数えるのが楽しみじゃった。
これは、私が三井教会の、別に総代ではなかっけれども、一信者の責任においての働きではなかろうかとこう思うです。月次祭だから参りさえすりゃいいというのじゃなくてね、それこそ、月々に、月次祭たんびに御信者さんが増えていくのが楽しみ。為には自分が一人お参りするとしない、自分の家が家族中でお参りするとしないでは、合楽の御比礼にかかわる事だと思うたら、それこそ誰も彼も、いうならば、家族中でお参りするだけじゃない。昨日、久富繁雄さんじゃないばってん、今日はもう家族中じゃなくて、親戚中が皆参って来とりましたちいわれる。もう二十数名。ね、そういうようにです、一人の信心が生き生きしてくる時に、いうならば、一門の人達が、さあ今晩はお月次祭、ただ自分が一人参らゃええというのじゃなくて、これは、私は御用という事が合楽ではあんまり説かれなかった。
これは、一信者としての責任において、自分が一人お参りしなかったとすると、それだけ合楽の御比礼が欠げるのだというくらいな、私は念願といったようなものが出けてくるという事は、いよいよ神様のの綱を握っただけでなくて、それをたぐって信心を進めていこうという意欲がある時じゃなからなきゃ出けない事だと思います。
やっとかっと、自分一人がお参り出けとる。ね、時間の観念もあるかないか分からんような時間に、ただお説教だけに間に合うたといったような人もあるくらい。そういう人達がです。いつの間にかだんだんね、あれほどしの御縁を頂いておった人達が、影が薄うなっていく。切れていくというのはそうではなかろうか。かといって、なら、合楽の信者が減るわけではない。又新たな人がこうやってね、なくなっていくけれども、又生まれていくというような、そういう一つのおかげを頂いてはおりますけれども、おしいでしょう。段々それがそういう薄うすうなっていっておる。ね、だから肝心な本当の所に心をおいて目指しての信心。
昨日のお月次祭にも頂きましたように、御用という事は、信心の捻がゆるんでおる、それを締め上げるスパナのようなものだと。昨夜頂いたんです。きのうお月次祭にどうお話させて頂こうかと思うたら、私が、御祈念お祭り前にちょっと御祈念をいたします時に、秋永先生達兄弟の事を頂くんです。どういう事だろうかと思うたら、スパナを頂く。こう捻を締めるやつです。そして昨日聞いて頂いたんですけれども、そんなら私と、そもそもの頃からの出会いを持った人達ですし、又、私に傾倒しきった御兄弟ですからね。けれども、もし、あれに、なら、月次祭の時に、斎員として御用に頂いていなかったら、恐らく今日の秋永兄弟の信心はなかっただろうとさえ思います。ね、斎員を仕えねばならん。人がいうならば、八時に時間ぎりぎりに間に合いさえすりゃよいというのじゃなくて、自分達は、お祭りを仕えんならんから、そしてお祭りという事に、一つ、まあ一生懸命の信心をかけられておるのですから、こりゃどんな事があっても、お祭りだけはというのですから、三十年間続いてきた。それはね、自分達の信心のゆるみかうておる信心を、締め上げ締め上げして来たのだという意味の事を頂いたんです。斎員としての責任において、おかげでかろうじて今日まで兄弟の信心が続いておるという事なんです。
まあ、かろうじてというとおかしいけれどですね。秋永先生あたりのような性格の人達は、もう本当にだらだらとくずれておったかもしれませんね。斎員、いつでしたか、先生方もこんなに沢山出来たんだから、ね、斎員な、私どんじゃなくてもよかろうという意味の事をいわれた事があった。けれども、私はそうていのうとはいわなかった。それはやっぱり、これであんた達の信心が保たれておるのだよという意味の内容を、私の心ん中には感じておった。まさしくそうであった。
昨日その事を頂いてです。ね、お互いがそれぞれの、いうならば、一信者自身、合楽の信者でございますという、その責任においての御用。その御用が、私共の信心をいやがうえにも、こう引き締めていく。ああ今日はお月次祭じゃった、忘れとったというような事はないわけ。いや、折角お参りするなら、車一杯隣近所の人でも誘うて行こうかといったようなものがなくなるわけ。ね、それが引き締まっておる。それが捻がしめあげられていっておるから、これはね、皆さんだけの事ではありません。私自身の事もやはりそうです。もし、私がこの神前奉仕、御結界奉仕というものが、これだけは、もうそれこそ一分一厘間違うちゃならんという信心にで、それが出来けておるからこそ、これが、今日は都合のちょっと工合が悪いけんで御無礼しょうというような事があったら、私の信心だってどんなふうにだらだらになっとったかわかりません。御用のおかげで、いわばここに座らせて頂いて、少々頭が痛くても、腹が痛かってもです、時間までは頑張る。頑張るちがね、勤めさしてもらう。勤めさして頂いた後に、はあ、勤めさして頂いてよかったという喜びがある。それが私の信心をいやがうえにも引き締めていき、そして手がかりがあると、手がかりがある都度信心を進めて来た。止めようにも止め用が無い。下がろうにも下がりようがない。
神の綱を切ろうにも、切りようがない。それがだらだらになってごらんなさい。この頃は、もうひとつもおかげを頂かんごつなった、自分の思うどおりにはならん、反対にばっかりなると、例えばいうようになったら、いよいよ、いうなら、神の綱をもそれこそ離してしまうような結果にすらなりかねない。それを、なら、過去三十年のここに御縁を頂いた方達がね、いうなら、はずれた方、はずれて信心をやめていく人達が多いのに、おかげを頂くけん参るのであって、信奉者としての、いうならば、まあ責任というか、ね、ようなものが、そういう、いうなら、御用が出けていなかったから、何かの調子にゆるんだ。ゆるんだ途端に切れたという事になるのじゃないでしょうか、ね。
まあ昨日から、久富繁雄さんの話ばっかり致しますけれどもね、御信心を頂かれるようになってもう三十年近くでしようか、私の御用をして下さるようになって、まる二十五年になる。なら、その間にあさまざまな事があったという事。もうこの綱にぎっちゃおられないというような事もあったろうけれども、それを、いうならば、辛抱し貫かせて頂くところに、昨日も聞いて頂くような、いうなら久富家のおかげだけでなくて、久富一門のおかげにも広がって行っておる。ね、やはり貫く。何が貫かせたかと。いうならば、まあ、いうならば、責任においての御用。その御用のおかげで、ひきしめひきしめ信心が出来て今日まで続いたという事がいえるのじゃないでしょうかね。
ですから信心とは、いうならばね、去年よりも今年というように進んでいく、伸びていかにゃなりません。勿論同時におかげも伸びていかなきゃなりません。ね、成程、神様から切りなさるような事はないけれども、氏子から切るなといわれる。その氏子が、どうして、なら、こんなに有り難いい神様をはずしていくのであろうか、それはいろいろ理由はございましょうけれども、合楽の信奉者としての自覚、そして責任においての一人一人であるという、ね。
朝のお月並祭の例えば、朝の御祈念にぁお参り出けんけれどもというて、十時頃、十一時頃だらだらとお参りは続いておりますから、それもいいです。ね、けれども、朝の御祈念に自分が一人お参りしなかったら、なら、お広前のここが欠けるなら、今日は高芝さんがお参りしてありませんが、高芝さんのここは席になっとる。その高芝さんがお参りしないと、お広前が一人分場所があく事になる。それは合楽のいうなら比礼にかかわるんだ、きつい、眠たいけれども、その比礼、合楽の比礼の事を思うたら、参らずにはおれないといったようにね。各々の信心のいうならば、合楽の信奉者でございますという自覚と、その責任においてといったようなものが、神の綱を切らんですむような、しかも、いよいよ信心もおかげで進んで、おかげで、おかげの世界も広がっていくという事になると私は確信します。
だから、そりぁ熱心にお参りしましたという人は沢山ありますよ、金光様の御信者の中でも。けれども責任においてといったような事が、ただおかげを頂くけんで参りよるとという参るじゃなくてね、例えば、お便所掃除なら掃除、これだけ、私が毎日さしてもらわんならんと、こう決めとってごらんなさい。ね、自分が一人行かんとお便所が汚れる。これだけは絶対といって、なら、御用なら、御用をね、内容とか精神というものがね、その自覚、構えがいるんです。
私が先達って御本部参拝の事を聞いて、今年はいろいろなそれがあった。乗り過ぎた人があったり、乗り遅れた人があったり、中では山本さんがいうておられましたが、矢沢さんのほんなすぐ側に座っておられたげなち。あら、おっちゃまはしまえなさったと思うくらいにひどかったそうですね。何か目がこう寄ってしまうって、人形さんのごつなりあしゃったと。それが、石田先生がおられて、お医者さんがおられるだけでも心強いけれども、ちゃんとね、お医者さんの必要な道具だけは、私はそれを聞いてから感心しましたね。ただ御本部参拝なさるとじゃけん、お医者さんの道具などいるはずはないけれども、もし万一どこでどういう事があるやわからん。いわゆるお医者さんとしての良心というか、責任において、それが聴診器から注射までちゃんと持っておられたち。持って来ておられたという事。
だから皆さんがです。ね、それぞれの、いうならば、合楽信奉者の一人としてのです、私は昨日申しました事でしたけれども、最近などげんなっとるか、私が一緒に行かんけん、班別がしてあって、班長さんの掌握がでけてないから、乗り過ぎたり、乗り遅れたりするような事になってくるのだから。まちっと、そこん所へんば、工合いようやらんのじゃないか。それこそ、責任者がおらんからそういう事になるのじゃないのだろうかね。
いや、ちゃあんとそりぁあるんだけれどもという。なら、もちっと綿密な、いうならば掌握がでけとかにあならん。又、信奉者の一人もなら、班長さんを中心にして動かにゃならない、そりゃ、まあちょっとした出来事から感じた事ですけれどもです。私は、兎に角、合楽の信奉者でございますという自覚が先ず出けなきゃならん。そしてね、責任を感じれるような、いうなら信心。自分が、私が、一朝、朝の御祈念にお参りしなかったら、私の席が欠げるという、それは、合楽の御比礼が欠げる事に繋がるといったような考え方がね、要るんじゃないかと思います。 どうぞ。